日々台湾茶と戯れ、戯言をつぶやきます

台湾との出会い(12)

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茶壹福

日本と同じく年号が二つある

台湾に行きだした頃やらかしたことの一つに「年号の勘違い」がありました。台湾で使われる年号は
西暦:日本でも一般に使われる年号、当時は1980年
民国紀元:中華民国紀元の年号、当時は民國69年
ちなみに日本は昭和55年、サラリーマン初任給は11万半ばくらいでした

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茶壹福

賞味期限に表示されるのは

なんとなくスルーしていた賞味期限に気づかされたのは日本で「おみやげ」を渡したときです
賞味期限が「70年〇月〇日」になっていたのです
相手から言われたことは10年前に賞味期限が切れてると・・・
私も頭が真っ白、???になってしまいました

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茶壹福

後になってわかったことは

当時はGoogleやYahoo!で検索して調べるという手段のないころ、PCが一般的になるはるか前です
連絡手段は電話(携帯もないので固定回線)かFAXという時代です
次に台湾に行ったときに知人に聞いてわかりました。台湾では二つの年号を使っている、賞味期限などどちらを表示しても構わないということを。民國69年と表示してあればわかりやすかったのですが、慣例的に民國を省略してしまうことから生まれた誤解でした
これは現在でも同じです。2025年、民國114年と書くべきところを、25年、114年などと書いてあります
今は年号の数字が大きく乖離しているので、少し?になる程度ですが、当時は数字が同じ二桁だったので勘違いが多かったように思います

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茶壹福

民国紀元とは

「民国紀元」とは辛亥革命の翌年、中華民国が成立した1912年を紀元(元年)とする紀年法、一般表記では「民國」と省略して使用されてます。日本の和暦に少し似ています。

辛亥革命後、中華民国湖北軍政府が成立すると、清朝の元号である宣統を廃止して元号ではなく紀元である黄帝紀元を採用、宣統3年(1911年)を黄帝紀元4609年とした。孫文が中華民国臨時大総統に就任する際、黄帝紀元4609年11月13日(1912年1月1日)を中華民国元年元日とし、太陽暦の施行を中国各省に通達した。
台湾ではこの民國〇〇年を使っているので、今でも注意は必要です

「日本の常識は世界の非常識」当時よく言われたことです
自分の固定観念に縛られてはダメだと頭の中で考えていても、このような間違いをしばしばしていた当時です