日々台湾茶と戯れ、戯言をつぶやきます

和紅茶

茶壹福

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和紅茶が進化しています

和紅茶が進化しています。個人的には湘南で茶栽培生産されている「髙野茶園・ニルマーネル」さんは藪北種とは思えない仕上がり。その努力に敬意を表したい。ほかにもたくさんの茶農家さんが紅茶生産に取り組んでおり、これからが楽しみです。
しかし、なんとなく紅茶にすれば売れるだろう程度の方も存在するのも現実、お茶を愛する者にとっては残念ですが、経済活動という点では仕方ないことなのでしょう。

茶壹福

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元祖「和紅茶」は、などと考えていたら

和紅茶のルーツは日本統治時代の台湾にあるのではないかと
台湾は1895年の下関条約により清国から日本へ割譲され、第二次世界大戦終結の1945年までの約50年間とサンフランシスコ講和条約が締結される1951年までの間、日本の植民地統治下、暫定保留期間などに置かれました。この期間は日本だったのです。

この時代「新井耕吉郎」さんは台湾中部南投県にある日月潭湖畔の水社村貓囒山の中腹(海抜800m付近一帯)が紅茶の一大産地になることを確信し、1936年、ここに魚池紅茶試験支所(現在の茶業改良場魚池分場)を開設したのです。紅茶を一大産業として将来を見据えた決断です。このお茶は現在「日月潭紅茶」として台灣名産品の一つになっています。

茶壹福

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本題に

和紅茶の前身は国産紅茶です。そう日本国内で生産した紅茶のこと
日本統治下で作られた紅茶は和紅茶そのものです。日月潭紅茶は和紅茶のルーツなのかもと。台湾紅茶こそ和紅茶そのものなのかななどと妄想してしまいます。日月潭に行き、新井耕吉郎さんの茶園を見て感じたことは「心がふるえる」でした。
日本人としてなすべきことをなす、すごいことだと。八田與一さんも嘉南大圳整備の立役者、今の嘉義県が穀倉地帯になったのは日本人の努力と台湾人の努力の融和と結晶だと思います。このようにして当時和紅茶として誕生した日月潭紅茶から、台湾茶産業の一つとして重要な立ち位置となった台湾紅茶、これからどのようにして日本茶産業に影響を与えるのか楽しみです。

臺灣花蓮瑞穂の茶農家「高肇昫」師が研究開発した「蜜香紅茶」は今では日本でも蜜香紅茶を生産する農家が出るほどの人気になりました。日本人の味覚が生み出した台湾紅茶と和紅茶の将来が楽しみです。