日々台湾茶と戯れ、戯言をつぶやきます

捷運(MRT)

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茶壹福

便利な交通手段

1996年に開業した台北捷運は便利な交通手段として市民、観光客に愛用されています
1980年台湾で仕事をするときの交通手段は
1.タクシー
2.ハイヤー
3.バス(路線、高速)
4.鉄道
5.レンタカー、オートバイ(とても危険)

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茶壹福

交通戦争真っただ中

当時の交通事情は想像もできないほど劣悪、特に雨天時はタクシーが全く捕まらないのが普通でした
路線バスはたくさん走っていましたが、こちらも危険な乗り物として認知され、毎年バス車内で急ブレーキなどの転倒で死傷者が大勢いました。交通ルールはあってないがごとし、横断歩道を渡っていても恐怖しか感じないというありさまでした

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日本統治時代に選択したバス路線から鉄道への転換

日本統治時代はバス路線を網の目のように張り巡らすことで公共交通機関を整備していたのですが、オートバイの増加、交通戦争からの脱却を狙って建設されたのが捷運(MRT)でした。工事、試運転にはいろいろな障害があったものの無事開通して、移動がものすごく楽になりました

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茶壹福

桃園空港からの交通手段

1980年ごろ桃園空港から台北市内へ行く手段として選べるのは、出迎えハイヤーまたは高速バス
お客様の出迎えなどにはハイヤー使用でしたが、自分だけの移動は高速バス一択、バス網の発達はすごいものがありました
高速道路で台北に向かうと林口あたりから渋滞が始まり、泰山料金所あたりで大渋滞、市内出口でまた渋滞と時間が読めなかったのが記憶に残っています
今では捷運空港線で台北駅まで、同じく高鉄桃園まで行って高速鉄道で移動と便利になり、時間も読めるようになりました

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茶壹福

移動に欠かせない手段

捷運は今では移動に欠かせない手段、路線も拡充、延伸も続いておりこれからも重宝する手段となるでしょう
捷運が建設されていなかったら、台北市内の道路は身動きできない状態になっていたでしょう。手軽に安く安全に移動できる捷運に感謝です