日々台湾茶と戯れ、戯言をつぶやきます

臺灣分類「烏龍茶」「包種茶」

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茶壹福

包種茶とは・・・

台湾における「包種茶」は
台湾に安溪縣王義程の作り出した包種茶製法が導入され「種仔」と呼ばれる青心烏龍種の茶葉で作られた包種茶が文山包種茶として生産されます。包種茶の名称由来は4両(150g)単位で紙に包み、4包をさらに1包に包んだという「包装」の音から生まれたとの俗説があります。
1881年吳福老が生産していた包種茶は茉莉花などで香りをつけた薫花茶であった。1912年南港・内湖・深坑地区で茉莉花を使わず花香が出せる改良式包種茶製法が採用。「魏靜時」「王水錦」がこの改良式包種茶生産方式(南港式包種茶)を広めました。

萎凋に工夫を凝らした製法で茶葉だけで花のような香りを出す、改良式包種茶製法から発展したお茶が台湾で分類される「包種茶」です
現代の高山茶、高冷茶などはこの包種茶製法で作られた茶葉を団揉により球状に仕上げたお茶なので、台湾の分類上は「包種茶」、名称は「烏龍茶」となります。文山包種茶だけが包種茶ではないのです

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烏龍茶とは

台湾における「烏龍茶」は
茶業改良場資料によると、1929年谷村愛之助氏および井上房邦氏は台湾球状包種茶の形状や品質が安定しないことを認識。1930年4月26日「木柵茶業公司舉辦球形包種製造講習會」において重要な研究成果を発表しました。これを契機に台湾球状茶新製法が発展しました。1939年名間郷に安溪鐵觀音袋法を導入、1941年凍頂地区にも伝わり、1946年木柵に伝わりました。1950年名間郷で袋揉捻球状茶の生産が始まり、1970年には近隣地区でも生産が始まりました。
日本時代が終わり製茶基準として「発酵度50~60%」の包種茶を「烏龍茶」と呼称すると定めました。これは萎凋過程で撹拌過程(前半は軽く、後半に強く)を加えることで「七分紅三分綠」と言われる茶葉を作り出しました。これは「閩南烏龍茶製法」と呼ばれるものです。

醗酵度という概念は今ではグレーゾーンですが、台湾では醗酵度という言葉をよく使うようです
烏龍茶の概念に合う台湾茶の代表は「東方美人茶」

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包種茶と烏龍茶

製法としての分類だけではなく名称として烏龍茶を使ことで混同してしまいがちですが、台湾茶を扱う人にとっては常識的な知識です。しかしこれを知らずに話をしている台湾茶業者もたくさんいるのも現実です。現場を見ず、実体験もせずに語るのは私にはできません。自分の目で見て、体験して真実を会得することが必要なのだということはサラリーマン時代に会得した財産です