日々台湾茶と戯れ、戯言をつぶやきます

改札

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茶壹福

1980年当時の交通

仕事で台湾に行き始めたころ
仕事とはいえ海外生活を余儀なくされ困ったことが山積・・・
食事
習慣
交通手段
言葉などなど

当時の移動手段はバスが大きなウエイトを占めていました
電車は台北駅から南に下る、北へ上って東海岸を下る、本数も少なく駅からの交通手段も考えなくてはならない
台北市内は今では考えられない、オートバイ(スクーターのベスパが大半)が3人乗りとか普通で6人乗りもよく見かけました。もちろんノーヘルで事故ると死亡事故になることが多かった。日本から来た暴走族上がりのお客さんが、ここでは運転できないと・・・言ってました

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茶壹福

便利だが難しい、バス

タクシー、バスが市内移動の交通手段であった当時、雨が降るとタクシーは絶望的に見つからないのが日常でした
近ければ早めに出て歩いて向かう
少し離れた場所に行くには「バス」が一番の交通手段だったのです
バスに乗るには紙の回数券を購入して、乗車のたびにハサミで改札してもらいます。日本でも昭和時代には電車やバスには改札で切符にハサミを入れるのが普通でした。ということで違和感なく溶け込みましたが、台湾のバスには乗車時、下車時、乗車下車の2回などバスや路線によってルールが違っていました。

このバスになれるまで、どれだけの時間がかかったのか・・・
初めての路線では本当に緊張しました
これも今では懐かしい思い出、やらかしもたくさんしました、言葉も不自由で迷惑をたくさんかけてしまったのが台湾初心者時代です