日々台湾茶と戯れ、戯言をつぶやきます

林森公園と康楽公園

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茶壹福

林森公園と康楽公園のあった場所には鳥居が?

南京東路と林森北路交差点の近くにある大きな緑地帯公園をご存じですか?
この公園内には鳥居があります、なぜ?
日本統治時代、第七代総督「明石元二郎」氏の墓所があった場所だからです
「三橋町共同墓地」と呼ばれていたようです
鳥居は「明石元二郎鳥居、鎌田正威鳥居」と呼ばれました

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茶壹福

明石元二郎氏とは

高雄港の整備、日月潭に水力発電所建設、海岸線(西部鉄道)建設、華南銀行設立、嘉南大圳計画推進などの現代臺灣の礎を築いた人であることはあまり知られていない。日本で病死後、遺言により台湾のこの地に埋葬されました
この時に鳥居が建てられました

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茶壹福

戦後

戦後この地は広大な緑地だったことから、中華民国国民党軍の下級兵士によってバラックが建てられスラム街となってしまいました
1980年台湾に行ったころはこの場所にはバラックが立ち並び闇市が軒を連ねる治安のあまり良い場所ではありませんでした
鳥居は物干しとして使われたり、当時の大陸からの兵士たちの品性がうかがえ、台湾人が嫌っていたことも想像できます
台北市は1997年ごろにこの場所を不法占拠している人を強制排除、鳥居を一時移転して公園に整備しました、その後鳥居は元の場所に戻されて今になったのです。台北市民でもここがスラム街だったことや、元は墓所だったことを知らない人はたくさんいます

思い起こすと当時の国民党腐敗政治(賄賂が普通に行われていた)はひどいものだったと
事務所開設の時、現台北101付近用地買収の時など随所で賄賂を公然と要求されていたと・・・そんな時代だったんだ
日本統治時代はどんな時代だったのかな